成田空港の歴史を学ぶ飛行機好き

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 鉄道部品には興味ないけど(嘘言うなよ!)航空部品にはチョッピリ興味がある(ホントかよ!)飛行機趣味者。

 久しぶりに「休日おでかけパス」の利用制限区間をフルに活用して成田空港にやって来ました。

 航空科学博物館でこんな催し物があると聞いちゃ久々に出動しちゃうよ!


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 でも、今日はそんな話ではない。

 航空科学博物館の駐車場の一角に「空と大地の歴史館」って建物があります。

 チョッと地味で目立たない建物なんです。オレも「あッ…ここも資料館なのかな?」ってな気持ちで入館した程度だったんですけど、結論から言うと航空博物館より滞在時間は圧倒的に長かったのであった。

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 この歴史館についての説明をパンフから引用しよう。

 成田空港は、1966年7月4日に成田市三里塚に建設されることになりました。
 その時から、地域を守ろうと空港建設に必死で反対した農民やその支援者、日本のために必死に新空港を建設しようとした人々、そして、対立の周囲にいた住民たちの苦悩の歴史が始まり、力と力の対立のなかで犠牲をともないました。
 その後、建設側と反対側との公開討論を経て、成田空港問題について地域も巻きこんだ話し合いが進んでいきます。
 地域と空港をめぐる歴史的経緯とそこにかかわったさまざまな立場の人々の苦悩と想い、これらを複眼的な視点からとらえ、この地に刻まれた歴史をできるだけ正確に後世につたえていくことを目指して当館は設立されました。





 
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 例えばこの三里塚の交差点でも大規模な衝突が起きてる訳です。

 昭和60年(1985)10月20日に千葉県成田市の三里塚交差点付近で極左過激派グループと警察部隊が衝突し、多くの逮捕者を出した事件。「10.20成田現地闘争」と呼ばれる。






 現在はフツーに利用している成田空港もオレが小学校入るか入らないかの頃は機動隊×反対派でそりゃ大変なもんだったんですよ。京成のスカイライナーなんか焼き討ちされちゃったんだもの。

 そんな成田空港の開港までの歴史が良く分かるんだよ。用地買収を担当する公団職員なんか命懸けだ。





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 そんな昔の光景が嘘のような現在の成田空港。

 航空科学博物館の展望台からの光景である。

 反対側に目を転じる。

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 かつて反対派が築いた鉄塔跡だそうです。

 入館無料なので航空科学博物館を見学した後にはぜひ寄って成田空港の歴史を学びたいものです。










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